2BRO2B

生きるべきか、死ぬべきか。

Ads by Google

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

シーン4案

シーン1:プロローグ(1年後)

シーン2:タイトル〜暗い主人公

シーン3:OK



シーン4:忘れることのできない男

主人公とB、ドアを開ける。(手とドアを映す)

開けたら正面からのアングルに切り替わり、主人公たちは中に入る。

Bが先頭で、主人公は渋々着いて行く。

バーのカウンターの中には男がいた。

男、微笑む。

男「やあ、こんにちは」

主人公「……どうも」

男「まあ、座って座って」

男、二人に座るよう促す。

(B、少し離れたところに座る。)

(主人公、男の正面に座るが顔は見ない。)

(多少間あり)

B「あの、男さん。一ヶ月前にOO交差点であった事故のこと、覚えてますか?」

男「うん? ――ええと、あの高校生の女の子が被害者だったやつかい?」

B「はい。……こいつ、その女の子と付き合ってたんです」

主人公、キッとBを睨む。(だが何も言わない。)

男、何かを悟ったかのように何度か頷きながら言う。

男「ああ、なるほど……。(そういうことか)」

主人公、俯く。

(B、立ち上がる。)

B「……男さん、俺、外にいますね」

B、ドアの方へ向かう。ドアの開く音がする。ドア閉まる。

〈多少間あり〉

男「――俺さ」

アングル、男正面から。男は至極普通な様子で言う。

男「忘れることができないんだ」

主人公「……は?」(「はぁ?」ではなく「は?」)

主人公、多少拍子抜けして呆れた様子。

男「本当本当! なんか忘れることができないんだよね」

男、おどけてみせる。

主人公、少し考え込むように黙る。

(それと同時に「忘れる」という主人公の独白と彼女の笑っている映像を一瞬カットバック。)

主人公「……(ありえないですよ。嘘ですよね。)からかってるんですか?」

横向きからのアングルで、主人公の目は映さずに膝の上で手をぎゅっと握る。

男、顎に指を当てながら言う。

男「うーん……(嘘だと思うなら、)試してみる?」

男、「試してみる?」と同時に人差し指を立てる。

(主人公「……どうやって」)

男「君について教えてもらって、それを俺が覚えるから、質問してよ」

主人公、多少困惑し引き気味。

男、にこにこしながら言う。

男「さあ!」

主人公、溜め息。

(主人公「(なんだこいつ……)」)

主人公、腕組みをして目を閉じ、一気にまくし立てる。

主人公「俺の誕生日は4月5日で血液型はA。ちなみにAOね。今高校二年生で地元の公立に通ってる。一組で担任は土屋わかえ30歳独身。出席番号は20。好きな教科は数学、苦手な教科は音楽とか美術とかの芸術系。部活は文化部。運動も苦手だし。でも中学の時はテニスやってた。好きな食べ物は特になくて、嫌いな食べ物は納豆とこんにゃくぐらいかな。身長は170センチ、体重は50キロ。家族構成は両親と姉。姉は何かと口うるさくてうんざりする。ちなみに趣味は特にないけど、まあ強いて挙げるなら音楽鑑賞と映画鑑賞かな。――こんな感じで?」

主人公、「どうだ」とでも言うようにわずかに勝ち誇った様子。

男、あくまで余裕の表情。

男「うん、じゃあ質問をどうぞ」

主人公、少しわざとらしく咳払い。

主人公「俺の誕生日」

男「4月5日」

主人公「血液型」

男「A、ちなみにAOね」

主人公「好きな教科」

男「数学。すごいねー」

主人公「苦手な教科」

男「音楽とか美術とかの芸術系」

主人公「部活」

男「文化部。ちなみに元テニス部」

主人公「クラス」

男「1組」

主人公「担任」

男「土屋わかえ三十歳独身。若いねえ。まだまだこれからだ」

主人公「嫌いなもの」

男「甘いもの」

主人公「身長」

男「170センチ」

主人公「家族構成」

男「両親と姉。いいねえお姉ちゃん」

主人公、ぐうの音も出ない。

男、笑って言う。

男「ね、信じた?」

主人公「……でも、それくらいなら、他にもできる人はいますよ」

男「なんだよー。じゃあその気になれば、円周率全部言えるよ!」

主人公、呆れて言う。

主人公「いや、円周率ってまだ全部は――」

男「3.141592653589323846264338327950……」

主人公「え……?」

男「62862089986280342534211706798214……

主人公「ちょっと」

男「80865132823066470938」

主人公「もういいです!」

男、ピタリと止めて「どう」とでも言うかのように主人公を見る。

主人公、渋々言う。

主人公「……わかりました」

〈多少間あり〉

すると男、悲しげにゆっくり微笑む。

男「事故のこと……辛かったね」

主人公、男を睨むように見る。

主人公「……あなたに、何がわかるんですか」

男「何もわからないよ。(なんにもね。)……でもさ」

男、ここでいったん言葉を切って、悲しいような微笑むような表情。

男「『忘れられる』って、幸せなことじゃないか? 生きてる証拠(だよ)」

男「だから君は……忘れなよ」

男の台詞のところで主人公が顔をはっと上げる。

色々なことがフラッシュバック(写真、葬式等)エヴァOPのように。(ゆっくりでもいいかも)

主人公、呟く。

主人公「忘れることなんて……」

主人公、気持ち泣き声で。

主人公「あんなに笑って、泣いて、怒って、幸せそうだったあいつを……忘れられるわけない!」

主人公、泣きはしないがカウンターに突っ伏す。

男、優しげに微笑む。

男「……でもね。時間は過ぎるんだよ。君は、その子のためにも前に進まなきゃ」

男、カウンター奥の倒してある写真をちらりと見る。何かを思い出しているような表情。

男「だから……だから、いつまでもそこに留まっていちゃ駄目だ、俺みたいには……」

男、立ち上がり、主人公の肩を掴む。

男「君は生きてる。俺とは、違う……。君は忘れることができるじゃないか!」

主人公、顔をはっと上げる。その頬を涙が伝う。

男、静かに呟く。

男「君は……忘れて、生きてよ」

(男、主人公の肩をトンと押して悲しげに微笑む。)

(男「……いきな」)

主人公、泣くのを懸命に堪えて唇を噛み、立ち上がる。そして走り出す。

ガチャ、とドアを開けたらBがいたが、主人公はそのまま走る。

B、慌てて主人公を追う。

B「おい主人公!」

主人公たちが去った後、男は一人佇んで溜め息。

男、カウンターの奥へ歩いていく。

カウンターの奥には倒されている写真立てがあり、男はそれを見つめる。更に一度は起こそうとするが、思い直して元に戻す。

男、俯いて二の腕を掴みながら言う。

男「そうだ……忘れるんだ」



シーン5:走る主人公

シーン6:公園で

シーン7:家と彼女の写真

シーン8:エピローグ
  1. 2009/04/30(木) 13:04:18|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

百物語(仮題)

「なあ、百物語やらない?」
 うだるような熱さの中、木村真一は楽しそうに言った。
「なんでまた、そんなしち面倒臭いことを」
 俺はからからに渇いた喉から声を絞り出す。
「おまえ、怪談話とか好きだろ?」木村はへらへら笑いながら嘯いた。「ていうか、もう日時も場所も参加者もセッティングしちゃったんだけどね」
「俺はまだやるなんて……」だるさのあまり、そこで一旦言葉を切る。「……言ってないぞ」
 確かに俺はそういう類の話が大好きである。しかし、怖い話というものは、明るい光の下で陽気に話すからこそ面白いのだ。実際に体験したいだとか、霊能力を身につけたいだとか、そんなことは露程も思っていない。他人事だからこそ、冷静にほくそ笑んでいられる。それに、どうせこいつのことだ。ろくでもない奴ばかり呼ぶに決まっている。
「まあまあ、佳子ちゃんも来るぜ」
 そんな俺の心を読んだかのように、木村は再びニヤリと笑った。
「なにっ! 佳子ちゃんが来るのか?」
「ああ。モチのロンよ」
 自らの時代錯誤のギャグでひとりけたけたと腹を抱えている木村をよそに、俺の脳内では既に妄想ストーリーの上演が開始されていた。
 夜も更け、あと一話で百話を語り終わる。ロウソクの火が風もないのに妖しく揺らめき、皆がごくりと唾を飲み込む。不安げな表情で見守る佳子ちゃん。俺のマドンナ。ああ、その美しい瞳で俺を困らせる妖精。崇高なる蝶。不意に消える灯り。
「きゃっ」俺に抱きつく佳子ちゃん。「ご、ごめんなさい」
「いいんだよ。大丈夫かい?」闇に煌めく白い歯をこぼして笑う俺。「落ち着いて。何も怖くないよ」
 微笑。
「賢治さん……」
「佳子……」
 そして俺たちは燦然と輝く光の世界へと――
「おい起きろ、妄想族」
「はっ」
 気が付くとすぐ目の前に木村の顔があった。丸眼鏡の下の双眸にはあからさまな侮蔑の色が浮かんでいる。俺は急いで涎を拭き、こほんと一つ咳払いをした。
「で、どうする? まあ、おまえがどうしても嫌だって言うんなら」
「やらせていただきます」
 即決であった。
 三日後の午後五時五十分。日が沈みかけ、道の向こうがよく見えなくなった黄昏時に、俺と木村はばかでかい寺の前に立っていた。
 三メートル程上にある表札には「米虫」と書いてあった。俺も木村もこの家に住んでいる是抄という男と仲がいいのだが、実際に家に来るのは初めてである。それ以前に実家が寺だということも知らなかった。門は固く閉ざされているが、ここが百物語を行う会場である。俺は佳子ちゃんのことばかり考えて舞い上がっていた三日前の自分を責めた。もうこの時点で膝が笑っている。
「ここは本当に現代の日本なのか……」
 俺は誰に言うでもなく小さく呟いた。なぜならば、この寺は確かに広いことは広いのだが、本当に魑魅魍魎が跳梁跋扈していそうな、ぼろぼろの寺だったからである。だが、今の俺にとっては、そうした実在しないであろうものの恐怖よりも、奇怪な虫共がいないかどうか、ということの方が遙かに重要であった。俺は怖いものにまして虫が駄目なのである。こんな不衛生そうな場所ではなく、右手奥に見えている、最近完成したばかりの大きくて綺麗なホールでやりたい、と切実に願ったが、その思いも空しく、木村は門に手をかけた。
「大丈夫だよな。幽霊とか虫とかムカデとかGとか、いないよな」
「ああ。むろん幽霊はいない」
 そう言って木村は中へと消えていった。他はどうなんだ、とは怖くて聞けなかった。
 やはり、と言うべきか、寺は内部も至るところが荒れ果てており、雰囲気は完璧だった。虫の姿は確認できないが、ここには必ずいる。間違いない。俺はそう確信した。左手の壁には直径三十センチメートル程の穴があり、そこに毛並みの整っていない猫が二匹素速く飛び込んで行った。口にはなんらかの魚の赤身をくわえていた。
「おい、待て!」
 不意に声がした。右手を見ると、袈裟を着たスキンヘッドの老人が、憤怒の形相でこちらへ向かって疾走してくるところであった。だが老人は、年のせいか段々と失速し、俺たちの前に来た時に止まった。見ればつるつるの頭にはうっすらと汗が滲んでいる。
「くそ、あの、野良猫共が」
 老人は息も絶え絶えに呟いた。
 しばらく地面を見つめていた老人は、不意に顔を上げ、黙っている俺たちを認めると、急に笑顔になって、
「どうしたんだね君たち。儂の説法を受けに来たのかね。ふむ、違う。では我が寺自慢の魔除けのお守りを買いに来たのかね。これも違うとな。おお、そうかそうか、かけるだけでどんな病気も治癒する奇跡の水かの。今なら一リットル三千円と超お買い得だぞ。なに、全然違うだと。それではおまえら、一体この寺に何の用だ」
 俺たちは顔を見合わせた。この爺さん、ぼけているのか。それともボケているのか。ぜんたいよく解らないが、この老人が住職であるようだ、ということだけは推測できた。
 気を取り直して木村が言った。
「あのう、僕たち、今夜こちらで百物語をさせていただく手はずになっているものなんですが」
「なに、大カラオケ大会だと。儂の十八番は山本健作先生の」
「いえ、あの、百物語を」
「ほうほう。ファックスの売り込みとな。しかし生憎、家には十三年前に買った最新の機種が」
「ですから、百」
「わかっとるわ! 何度も言わんでもいい、こわっぱ共が」
 老人は鼻息荒く本堂へと歩み始めた。
「なあ、ここ、本当に大丈夫なのか?」
 木村は答えなかった。
 本堂の中は妙に明るかった。左右に置いてある二本の燭台の上でロウソクが揺らめいていた。その間には坊主頭のどっしりとした体格の男が座っていた。
「よく来たな、木村と渡辺」
 男は豪快にかっかっかと笑った。
 しかしこいつは異様に時間に厳しい男でもあり、今も例によってその大きな脛をゆさゆさと揺すっている。若干苛ついているようだ。
「一分遅刻だがな」
「すまん、是抄」俺は苦笑して言う。「途中でこちらの方に出会ってな。この方はお前の?」
「ああ、爺さんだ。八十を超えたがまだまだ健在よ」是抄は嬉しそうに腹を揺すった。「一応、この寺の住職でもある」
「一応、とはなんだこのカバデブめが」
 住職はさも心外であるというふうに言ったが、目は笑っている。
「なんだと」是抄は若干嬉しそうな表情をしながらも、ぎろりと住職を睨み付けた。「タコ入道じじい」
「まあまあ、その辺で止めておけよ。……ところで、他の参加者はどうなっているんだ?」
 馬鹿共に付き合っていてはたまらない。俺は木村に質した。木村は首を傾げた。
「時間はもう過ぎているんだがな」
 本当は誰が来ようが知ったことではなかった。俺は佳子ちゃんに会えさえすればいい。長い時間を共有するのだ、二人の間に特別な感情が芽生えても不思議ではない。いや、もう彼女は俺のことを気にかけているかもしれないぞ。いやいや、もしかしたら彼女の方から俺を誘ってくれたのかもしれないぞ。ここに来るまでは舞い上がっていて気付かなかったが、目の前にいるオタッキーな風貌の木村と、可憐で清楚で優雅な佳子ちゃんの間に繋がりがあるとは到底思えない。とすれば佳子ちゃんが俺と会う口実を作るためにこの百物語大会を企画したということか。直接声をかけられなかったのは、恥ずかしかったからだろう。うんうん、そうだよね、そうだよ渡辺賢治。さようなら雪だるま。俺は一足早く春へ向かって飛び立つのだ。むふふふふ。
「だから起きろって、この妄想族」
「はっ」
 デジャヴ。
「妄想族と書いてバカと読みやがったな。この野郎。畜生道に落ちやがれ」
「誰がブタ畜生だと? おいこら」
 突然是抄が俺目がけて突進して来た。しまった。こいつは他のことなら何を言われても動じないくせに、畜生と名字である米虫という単語を揶揄されると、全てを破壊し尽くすバーサーカーへと変身してしまうのだ。おいおい、今はお前に言ったんじゃないぜ、と反論も出来ずに、今や怒れる猪と化した是抄から逃げる。住職はにやにやと傍観している。
「よせ是抄! 冷静に」
「うるさい、のし掛かってやるぞ矮小な蟻め! 蚤め! ミジンコめ」
 まずい、完全にスイッチが入ってしまった。しかし毎度のことだがこの男、敏感に反応しすぎである。そのでかい図体に反してなんとセンシティヴな感性の持ち主であろうか。
「ぐあっ」
 是抄の百キロを優に超えた巨体が、俺の上に容赦なくライドオン。呼吸が出来ないこれは危険だ誰か助けて早く。
「ごめんください」
 不意に、凛とした声が堂内に響いた。
 堂内は水を打ったように静かになった。是抄も俺の上から下り、声のした方を見た。そこには、この場所に不釣り合いなくらい美しく輝く笑顔をした女性が立っていた。言うまでもなく、俺のエンジェル佳子ちゃんである。佳子ちゃんは柔らかそうな黒のロングヘアをふわりと耳にかけて、にっこりと笑った。
「佳子ちゃん」自分でも驚く程緊張していた。声が裏返った。「よ、よく来たね」
 別にここは自分の寺ではないのに俺はそう言った。心臓が倍速で鼓動を刻み出した。痛みすら感じる。
「ごめんなさいね。道に迷ってしまって」
 いいですとも。ええ、むしろ大歓迎で御座います。そんなところに立っていないで、ささ、こちらの座布団へおかけ下さい。俺が隣ですからな。あなた様のために空けておいたのですぞ。ささ。どうぞどうぞ。ひゃっひゃっひゃ。
 いやいや、いかんいかん。いくら向こうが俺のことを身悶えずにはいられないくらい好きだといっても、実際に話してみると冷めてしまう、ということもある。ここは一発ビシッと決めなければなるまい。よし、今から俺は歌舞伎町ナンバーワンのホストだ。お客様に夢を見させるのだ。
「どうかした?」
「いえ、ただあなたのあまりの美しさに目を奪われてしまっただけですよ」
 決まった。昨日――正確には今日だが――の夜、興奮して眠れなかった丑三つ時、鏡の前で何度も笑顔の練習をしたから、角度も完璧である。それからくるりと背を向けて、彼女の方へ回りながら、
「君の瞳に、カンパイ」
「いつ頃始める?」
 佳子ちゃんはあっさりと俺を無視して是抄たちに聞いた。
「あと何人か来るから、そしたら始めよう」
 木村がいつになく爽やかに言った。くそ、シャツ・イン・ボトムめ。
 その後脇役たちが三人集まり、八人が揃ったところで、日は完全に沈んだ。
 それから一時間は、寺の隣にある是抄の家でだらだらと過ごした。百物語に必要なものを全く揃えていなかったため、木村と是抄と佳子ちゃんが買い出しに行っていたからである。俺も無論同行しようとしたのだが、木村が「そんなにはいらない」と言いくさったため、仕方なく脇役三名と住職しかいない非常にやるせない状況の中、これから繰り広げられるであろう俺と佳子ちゃんのめくるめくサクセスストーリーを思い描いて一人悦っていた。
 脇役共も佳子ちゃんが目当てで参加していたようだが、この時に主従関係をはっきりさせておいたのは言うまでもない。
「ただいまー」
 佳子ちゃんたちが帰ってきた。それぞれの手にはものすごい数の蝋燭と酒とつまみがたっぷり入った袋が数個握られていた。
「あれ、本当に蝋燭でやるんだ。ペンライトとか使わないの」
 脇役A――溝渕が言った。貴様、佳子姫になんたる無礼な。
「うん。その方が雰囲気が出るでしょう?」にこやかに返す佳子ちゃん。「お酒とおつまみも沢山買ってきたから」
「じゃあ準備しようか」
 木村が再び仕切り始めた。普段は是抄の後ろで携帯をいじっている奴なのに、今日はいやにテキパキとしているではないか。心なしか顔色にも艶があるように思われる。木村は立ち上がり、本堂へ向かった。
 是抄が片手で座布団を八人分抱えながらそれに続いた。俺と脇役共もそれに従った。住職は既に酔いつぶれて夢の中で楽しんでいた。
「ひとり十二、三話だね」佳子ちゃんは笑って言った。「私、今日のためにいっぱい調べてきたんだから」風になびく黒い髪。
 可愛い――。わたくし渡辺賢治、十九年間生きてきて初めて「胸キュン」のなんたるかを理解致しました。
 皆同じ気持ちになったのだろう、溝渕が目をぐわっと見開きながら言う。
「ぼぼぼ僕もだよ佳子ちゃん」
「おい」眼光一閃。この野郎、まだ自分の立場というものをよく解っていないらしいな。もう一度おまえの胎内回帰願望を叶えてやろうか。溝渕は首をすくめて黙った。
「賢治、ほれ」本堂に入るやいなや、是抄が黒いビニールテープを放ってきた。「隙間を塞いでくれ」
 見回してみると、確かに本堂の中はあちこちに穴が空き、微妙に光が入り込んできていた。外観があれほどうらぶれているのだから、中身がこうぼろぼろでもおかしくはない。俺は天井を見上げながら言う。
「でも、全部塞いでしまったら暑くならないか。それにじきに夜になるんだし、必要あるの」
「大丈夫だ。エアコンあるし」
 なんと左右も壁と天井の境にはエアコンが二台もあるではないか。まったくわけのわからん寺だ。
「それとここは夜になるとご神木をライトアップするようにしているから、暗くはならないんだ」
 是抄はかっかっと腹を揺すった。寺も進化しているらしい。
「いやでも、隙間を塞いだら光は入ってこないだろう。どうするんだよ」
「心配はない」と木村の声が飛んできた。「蝋燭百本の光量と熱量は生半可なものじゃないからな」
「ということだ」
「なるほど」そして熱にはエアコンというわけか。
 とりあえず近場の隙間から塞ごうと俺が腰をかがめると、視界の端にやけに白い手が映った。
「よ、佳子ちゃん」
 近い。近すぎるぜこいつは。俺の心臓は今にもビッグバンを起こしてもう一つの新たな宇宙を生み出しそうな勢いで鼓動。緊張しすぎて指が取れたてのエビのようにわしゃわしゃと蠢く。
「私も手伝うね」
「いやいやでも佳子ちゃんは買い出しで疲れているだろうから休んでもらわないと僕としては困るんだよねうんはい」
 興奮のあまり自分でも何を喋っているのかよく解らない。
 佳子ちゃんは若干首を傾げながら「いいのよ。何かしていないと落ち着かなくて」と言って俺の手からビニールテープを一つ取り、作業を始めた。
「ありありありがとうじゃあ僕もしよう」
 しどろもどろになりながら俺も隙間を塞ぎ始めた。
 ちらりと横を見ると、佳子ちゃんは真剣な表情でテープを切っては貼り、また切っては貼っていた。
 いやあやっぱり可愛いなあ佳子ちゃんは。可愛いというかむしろ美人だよね清楚な感じで。またそのシャツの裾から覗く二の腕の白さときたらもうこれはたまりません今すぐ写真に納めて額縁に入れて玄関に飾っておきたいくらいだし穴を真剣に見つめるそのうす茶色の瞳を覆う長いまつげの流麗な様はまるでゴミ溜めの中にきらきらと輝く子猫の瞳のそれでまさかこんな近くで拝める日が来るとは夢にも思わなかったよいや実際は何度も夢に見ていたし小説や漫画にもしていたけれど現実に起こるなんて信じられない都合のいいギャルゲーみたいな話だ「渡辺君」嬉しいなあまずはアドレス交換から始めて今日の話題で盛り上がったりなんかしてそのうち二人だけで会うようになってむふむふふ「渡辺君ってば」
「うっひょうい」
 しまった。また思考の海に埋没していた。しかも驚いて奇声を発してしまったではないか。ええいこの馬鹿。とんま。おたんこなす。
「ねえ、渡辺君」
「はいはいハイジはアルプスの」口を閉じろ馬鹿。あほ。
「さっきから何してるの? それ」
「なな何ってそりゃあ隙間を塞いでいるんだよ別に変なことなんて考えていないよ」
「よく分からないけど、もうそこは十分なんじゃないの?」
「え」
 自分の手元に目をやってみると、そこにはいつの間にか巨大なダンゴムシのような黒くて大きな塊がこんもりと出来上がっていた。どうやら妄想中にテープをべたべたと同じ箇所に貼り続けてしまったらしい。
「あはははは。そうだよねそうだよね」俺は慌てて塊を引きちぎり、部屋の隅に投げ捨てた。「あはははは。冗談だよ冗談」
「よし、そろそろいいだろう」是抄はそう言って、リモコンを取り出した。「暑いし、エアコン入れるぞ」
 本気でエアコンを入れるらしい。古きよき日本のなんたるかなどはもはやここには皆無である。ちらりと設定温度を見ると、なんと十八度に設定してあった。こいつはいるだけでその場の温度を五度は上げるというのに。こういう奴が地球温暖化を促進させるのだと確信した。
 他方の隅では木村がなにやらライターに火をつけていた。いよいよ蝋燭に火を灯すのかと思って見ていると、奴はお香を焚き始めた。
「おまえ、そんなもの持って来てたのか」
「ああ。多少幻覚作用があるやつだ。無論合法だがな」
 合法だとしてもそんな危険なものを使っていいのか、とは聞けなかった。もう俺は木村がだんだん怖くなり始めていた。そのマッシュルームカットも何かのメタファーのような気がしてならなかった。
「さて、やるか」木村は言いながら何やらごそごそと準備をしている。
「始めるのか?」
「その前に」
 木村は持ってきた鞄の中から分厚い丁寧な装丁の本を取り出した。そしてそれを開き、小声でぶつぶつと呟き始めた。
「何してるんだよ」
「いやなに、ちょっと霊をね」
 なんですと。俺は硬直した。こいつ、前々から少し変なところがあると思っていたが、よもやこうも常軌を逸しているとは思わなかった。極力関わらぬようにしなければ。俺はそう思い、無言で木村の側を離れようとする。
「この本はな、ネットで一時期話題になっていた本なんだが、俺も最初は嘘だと思っていたんだが、どうも調べてみると本当かもしれないと思うようになって、しかしながら、そこで……」
 興奮のあまり逆接の接続詞が続けざまに使用される木村の喋りを聞いて、俺は薄ら寒くなる思いだった。
「……なんだ。だがそろそろ来るはずだよ」木村はそう言って、口端を歪めてみせた。
「なな何が来るんだ」
「だから、幽霊だよ」
「はい?」俺はぶるぶるとかぶりをふった。「ははは。何を馬鹿な。あのね木村、そんなものはいないの。いないんですっ。ばーかばーか。おまえ理学部だろうが」
 木村は些かむっとした様子で、「いないかどうかはいずれ解る」と言った。
「ぷすすー。いないったらいないんです。ま、仮にいたとしても、僕はそんなもの怖くもなんともないけどね」
 俺は何気ない風を装って木村から離れようとした。
「おい、渡辺」
「おおうっんぐ」
 いかんいかん。また素っ頓狂な声を上げてしまった。ここで木村を含めた心霊現象全般に畏怖の念を抱いていると悟られるわけにはいかない。俺は努めて落ち着き払った声で言う。
「なんだ?」
「ここに座れよ。そろそろ始めようぜ」
「ああ、そうだな」
 俺はどぎまぎしながらも素直に従った。チャッカマンを手渡された俺、木村、是抄の三人で時間をかけて蝋燭に火を灯し、全てが燃え始めたところで座布団に座った。
 それに続くように他の皆も各々の席に座り、いよいよ百物語大会が始まった。
 ごーん。夕刻の薄闇に響く寺の鐘。その残響音が妙に寂しい感じを醸し出していて、いたく雰囲気にマッチしているなと俺は思う。ところで、ここには住職とその息子がいるにもかかわらず、誰が鐘をついたのだろうか。見たところ他の坊さんもいないようなのだが。まあそんなことはどうでもいい。あまり深く考えすぎると怖くなってしまうからである。
 隙間を完全に塞ぎきった本堂の中は、本来ならば暗いわ暑いわで大変居心地が悪いのだろうが、実際には百本の蝋燭とエアコンのおかげで快適な空間であった。俺の隣にはなんということか、麗しの佳子ちゃんが鎮座なさっている。これはある種俺の策略の結果であるとも言えよう。脇役共には睨みをきかせていたため、問題は木村をどう扱うかということだったのだが、何かと出入りがあるかもしれないということで、上手い具合に木村は入り口に一番近いところに座る運びとなり、一番奥に座る俺と佳子ちゃんの邪魔はできぬというわけである。非常によろしい。
 隣りにおわす佳子姫は非常になんというかこの、いい香りを放っておりまして、その、うん。たまらん。
「話す前に、まず乾杯しようよ」と佳子ちゃん。
 いいよいいよ。なんでもしなさい。おじさんが助けてあげるからね。
「そうしようそうしよう」住職が捨て犬のようにだらしなく舌を垂らしながら言う。「酒じゃあ、酒」
「ほらよ」
 是抄が輪の中心にコンビニの袋を三つ置いた。中から出てくるのはビール、日本酒、酎ハイ、ワイン、コーヒー、ウーロン茶、苺牛乳など、実に節操もないものであった。
「ちゃんぽん上等」溝渕が嬉しそうに言う。脇役はすっこんでろ。「ささ。早く飲もうよ」
「じゃ、みんな適当に取って。いいかな。はい、かんぱーい」
「かんぱーい」
 木村の音頭によって酒宴が始まった。俺はもともと酒をやる方ではないのだが、今宵は飲まねばなるまいと思って、懸命にワインを飲んでいた。
「それ、美味しい?」隣の佳子ちゃんがこちらを覗き込んでそう聞いた。「飲んでみてもいい?」
「むろんである」俺は激しく頷いた。近い近い近い。理性がチェルノブイリしそうである。「まままあまあかな」
 俺はソムリエを気取ってワインをテイスティングしているかのようなそぶりを見せたが、それは所詮表面的なものでしかなかったし、そもそも今俺の使用したこれらの単語が正しいのかどうかも解らなかった。
 佳子ちゃんは俺が飲んでいたグラスを手に取ると、そのままそれに口を付けて飲んだ。佳子ちゃんのナチュラルな色の口紅がグラスの口に少し付いた。
「あ、結構美味しいね」佳子ちゃんは笑ってグラスを置いた。「ありがとう」
「どういたしま」言い切る前に俺はグラスを手に取っていた。息遣いが自然と荒くなる。「はあ、はあ」ついに声に出してしまった。
 ここに口を付ければ、佳子ちゃんと関節キス、もとい間接キスができるのだ。できるのだぞ、渡辺賢治! 俺は自分自身を鼓舞しながら、その未知の楽園へと緩慢な速度で接近していく。あと一センチ。
「馬っ鹿もーんっ」俺はそう叫んで思い切り頬をはたく。「貴様、それでも日本男児か!」
 いかんいかん。ここで欲望に流されてしまっては元も子もないのだ。俺は騎士だ。佳子ちゃんを恐怖から守るナイトだ。邪な考えに身をゆだねてはならんのである。
「どうしたの?」
「はえっ。いやあの、なんでもないんだよなんでも」
「そう?」佳子ちゃんが俺に近付く。「体調、悪いんじゃないの」
「ああうんはい、あの、あいやいやいや、あいやいやいや、さては南京たますだれ」やってしまった。「あああ、駄目だ。もう全てが終わってしまった」
 俺はダンゴムシのように頭を抱えてそこいらをごろごろと転げ回った。佳子ちゃんに変なことを言ってしまった。もう終わりですね、わかります。わかります。しかし佳子ちゃんはそんな俺に暖かな眼差しを向けている。
「ふふっ」
「ほえ」
「渡辺君って、面白いんだね」
「……ヘウレーカ!」
 なんと。佳子ちゃんからお褒めの言葉を賜るとは。もう俺ここで死んでもいい。いややっぱりそれはよくない。死んだらこれ以上佳子ちゃんにお近づきになれないではないか。まあ霊体になってつきまとうのもありだが、俺はあくまで現世で交流したいのである。生身でお願いします。
「今日は飲むぞ。飲むぞ」住職がウイスキーをらっぱ飲みしながら言う。「ああ。美味いのう」
「おい祖父さん、あんまり飲みすぎるなよ」とたしなめる是抄の声は若干の怒気をはらんでいるものの、やはりどこか嬉しそうである。「もう年なんだから」
「なんだと」住職はにやにやしながら言う。彼らの関係は気持ち悪いな。
「さあ、いい加減始めようぜ」是抄が笑ってはいるがその実煮えたぎる苛立ちを押さえるのに精一杯だという顔で言う。こいつは住職以外の人間に対しては厳しすぎるきらいがあるようだ。「時間押してるしな」
「そうだな」と言って、木村がぱんぱんと手を打つ。
「ねえ佳子ちゃん」溝渕がへらへら笑いながら言った。「佳子ちゃんは、怖いのとか平気なの」
「そうねえ」
「平気なわけがないだろう。だからこうして俺が隣りにお仕え申し上げている」
「渡辺君は黙ってて。どうなの、佳子ちゃん」
 こやつ、ついに本性を現しおったか。俺があれほど言い聞かせておいたのに、まだ懲りていないとみえる。ここでもう一度思い知らせておかねばならん。俺は立ち上がり、溝渕に人差し指を突きつけて言う。
「いいかい溝渕君、女の子というものは元来、そういう狐狸妖怪の類に興味を抱く反面、いざ自分が実際に遭遇してしまうと恐怖におののき何もできなくなってしまうものなんだよ。これはなぜかというと、まず第一に考えられるのはやはり、女性は妊娠や整理などにより血というものへの関わりが我々男性よりも強く、血というのは古来より不浄なもの、汚れたものとして忌み嫌われてきたわけなのだから」
「はあ?」
 むむむ。俺の崇高なる解説に対して「はあ?」だと? ふざけていやがる。俺はいきり立って溝渕に掴みかかろうとした。となればよかったのだが、小心者の俺はそのように大胆な行動に出ることはできず、小さくしおれてしまった。
「儂はのう、それよりも佳子ちゃんの好きなおのこのタイプが知りたいのう」と住職。「ちなみに儂は」
「おいじじい、たいがいにしろよ」弱いものには至極冷たい俺は住職をたしなめた。「佳子ちゃんは俺と」
「黙っとれ!」一喝。「若造が、おまえは早う話を始めんか、痴れ者め」
「はい」
 すみませんでした。俺は額を床に打ち付けた。
「ええと、それじゃ渡辺からでいいのかな」木村が言う。「時間ももったいないし、早くしろよ。のろま」
「……ああ」
 俺は頷いたが、どうにも煮え切らない思いであった。こいつら、俺のことを下に見すぎではないか。佳子ちゃんや住職はともかく、木村や溝渕にまで見下されるのには納得がいかなかった。やらいでか。俺は一線を越えることを決意した。
「てめえら、ぶっ殺す」
 俺はそう言うや否や、腰に差していた日本刀をぬらりと抜き、叫びながら本堂の中心へと突進していった。
「うわあ」まずは溝渕を一刀両断。ざんばら。「何をするんだ渡辺君。暴力反対」
「うるさい馬鹿野郎。おまえは何様だ。脇役の分際で俺を舐めるんじゃない」
 俺は続けざまに、転げた溝渕の脇腹に刀を突き立て、ずぶりずぶりと突き刺す。
「ぐわあああ」
「はっはっは。俺に楯突くからこういうことになるんだ。覚えておけ!」
「ぐむむう」
 溝渕は力なくその場に崩れ落ちる。俺はその姿をしっかりと目に焼き付け、麗しの姫の姿を探す。
「あーれー、お助けー」
「姫っ!」
 振り向くと、和服姿の佳子ちゃんが、悪代官となった木村に帯を引っ張られてくるくると回転している。
「よいではないか、よいではないか」
 帯はどこまでも伸びているようで、木村の顔にも次第に疲労の色が浮かんできた。馬鹿め。日頃から運動を怠っているからこういうことになるのだ。所詮おまえが英雄になれるのはネットゲームの中だけなのだ。
「えーいっ」俺は木村を斬りつける。「佳子姫に何をする!」
「佳子ちゃーん。好きだーっ」
 肩口からだらだら血を流しながらも、木村は空いている方の右手を口に当ててそう叫ぶ。そして再び両手で帯を引っ張り始める。佳子ちゃんは微妙そうな表情をしている。阿呆が。佳子ちゃんは俺のものだ。おまえにはやらん。
「おーえす、おーえす」
 更に住職も参戦する。住職は好色そうな目つきをしている。よく見ると口端からよだれが垂れている。この老いぼれ、おまえはもう昔に十分楽しんだだろうが。俺は再び刀を持ち上げ、うらあああと咆哮しながら一閃。
「ぎょむそんぼ」住職は一撃でノックアウトされた。「儂にもそろそろお迎えの時が来たようだ。さらば」
「おーえす、おーえす」いつのまにか他の脇役二名も同じように引っ張っている。「おーえす、おーえす」
「止めんか、おい貴様ら――」
 そこまで言って、俺も吸い寄せられるように帯のところへ行き、引っ張りあいに加わる。佳子ちゃんはいよいよ回転の極みに達し、本堂の床を削って地面に潜り始めた。
「独楽よ。私は独楽なのよ」ぎゅるるるん。
「おーえす、おーえす」
 俺や木村もまた同じように回転し始め、互いにぶつかり合い、跳ね返ってはまたぶつかった。これはベーゴマだなと俺は思った。昔はよく遊んだものだ。今となってはデパート内にある嘘の駄菓子屋でしか見られない。俺は短期決戦が得意だった。
「おーえす、おーえす」
 今や俺たちは地表を突き破りマントルを通過し、コアに到達せんとしていた。地球の裏側には俺たちと全てが真反対の生命体が住んでいて、そいつらを数人傷つけたり仲良くなったり戦争をしたりしながら更に進んだ。彼らの話し方は形而上学的なものだったので、俺には理解できなかった。ブックオフに百円で売った、カントの純粋理性批判をもっとよく読んでおくべきだったのだ。俺は今更ながら後悔した。
 地球の反対側をも突き破って、俺たちは宇宙に出た。その途端、他の奴らは「無念」と言って破裂してしまった。彼らは宇宙人ならぬ宇宙塵となった。幾つかの破片はそこいらの星の引力に吸い寄せられて飛んでいった。後には俺と佳子ちゃんと木村だけが残った。
「もう、僕らだけだね」と木村が言った。
「そうね」佳子ちゃんはさっぱりした表情だ。「宇宙って、何もないのね」
「佳子ちゃん……」俺は無重力空間の中で懸命に佳子ちゃんの方へ向かう。「佳子ちゃん……」
「ごめんなさい、渡辺君」
「え?」
「私、前から木村君と付き合っていたの。ね、シュウ」
「おいおい、その呼び方は二人きりの時だけだって言ったろ? もう、ばかばか」
 木村は佳子ちゃんの鼻をつんつんと叩く。佳子ちゃんはぷうっと頬を膨らませて、上目遣いでそれに応じる。
「だってー。好きなんだもん」
「僕もだよ、佳子」
「シュウ……」
「色即是空」
 バカップルをよそに俺は呟いた。この世は理不尽で不条理だ。最悪だ。俺も消えるしかないな、と思った。いつのまにか俺は先程の日本刀を手にしていた。俺は武士だ。日の本のもののふだ。潔く腹を切って終わりにしよう。
「解釈は頼んだぞ、木村。南無三」
「どうした、賢治」
 不意にどこからか大きな声がした。それは宇宙を統べるものの声だった。
「是抄」俺は狼狽しながらその名を呼んだ。「是抄なのか」
 宇宙を統べるものはそれには答えず、俺の身体を優しく包み込んだ。
「諦めるのか」
「もう無理さ。茶番は終わったんだ」
「それがどうした。おまえはおまえの道を行けよ」と統べるもの。「俺を信じろ。おまえを信じろ。信じるものは皆救われる」
「あああ……」俺は歓喜のあまり落涙した。「神。あなたが神か」
「そうだ。俺が神だ」神は言った。
「神よ。私はどうすればよいのですか。このまま佳子ちゃんへの思いを諦めたくはありません」
 すると神はにわかに是抄の姿になって、吐き捨てるように言った。
「馬鹿野郎が。現実を見ろよ。こんなの、ただの妄想だろ?」
 そうなんだよね。
 俺の意識は一気に戻ってくる。本堂の中は相変わらず蝋燭とエアコンとで快適な空間であった。「え、え」と呻きながら辺りを見回すと、皆それぞれに好き勝手なことを話していた。どうやら寝てしまったようだ。
「いや、寝てはないよ」と木村が言った。「幻覚だ」
「はあ?」と小馬鹿にして言った時に俺は思い出す。そういえば木村はさっき幻覚作用のあるお香を焚いたのではなかったか。どうやらそれのせいで俺は幻覚を見ていたらしい。どこからが幻覚だったのかは定かではないが、どこからでもおかしくはないように思われた。それにしても、木村と佳子ちゃんが付き合っているなどというのは笑えない冗談だ。
 待て待て。なぜ木村は今俺が考えていたことが解ったのだ。おそらく口には出していなかったと思うのだが。テレパスかおまえは。考えていると怖くなってくるので、俺は思考を中断して改めて本堂を見回した。
「ああっ」
「どうした渡辺」是抄が首を傾げる。
「蝋燭、蝋燭」俺はあわあわと蝋燭を指差す。「もえもえもえ」
「萌えがどうかしたか!」木村ががばっとこちらに飛んできて言う。「今期のアニメではやはり桃川サディスティックメソッドが群を抜いて」
「違う!」オタクは黙ってろ。「蝋燭が燃え尽きてるだろうが!」
 えー、マジで? みたいな妙に気怠げなテンションで皆が本堂の中心を見た。俺の地位はなぜにかくも下落してしまったのであろうか。
「あらあら」住職が気色の悪い声で言った。酔っているのか。「嫌ねえ。燃えてるわねえ」
 百本の蝋燭のうち、始めに点けた五十本ほどがあともうわずかで燃え尽きようとしていた。このままでは残り半分も時間の問題だろう。ええい、なぜこうなることを誰も考えなかったのだ。大体蝋燭の長さからしておかしかったではないか。百個も話をするのにお誕生日ケーキ用の小さい蝋燭を用意する奴があるか。馬鹿。ぐず。まぬけ。
「蝋燭を買ったのはどいつだ!」俺は叫んだ。「馬鹿じゃないのか、ええ? 普通に考えて、この長さじゃあ無理なのが解るだろうが」
「ごめんなさい」と謝ったのはあろうことか佳子ちゃんである。「私、こんなに早く燃えるなんて知らなくて……」涙ぐむ佳子ちゃん。
「あ、いや、その……」
 しまった。言葉に詰まった俺を見て、今だ今だと溝渕が責め立てる。
「渡辺君っ。女性を責め立てるとは言語道断。紳士として恥ずかしくはないのか」その表情は嬉々としている。「さあ、土下座して謝罪したまえ」
「えええ、いやしかし」土下座だと。断じて嫌だ。「俺は別に悪くは」
「そうだぞ渡辺」住職がいきなり口を挟む。キャラが安定しないなこいつは。「佳子ちゃんに土下座せい」
「そうだそうだ!」他の皆も増長し始める。「どーげーざ。どーげーざ」
「うむむう」俺は涙目になりながら佳子ちゃんを見る。「むふっむうん」嗚咽を堪えるのももう限界だ。
「佳子ちゅわん……」
「謝れよ。ブタが」
「え」
 佳子ちゃんはあからさまな侮蔑の念を浮かべてそう吐き捨てた。ひどい。何もそこまで言わなくても。あの可憐な佳子ちゃんが実はこんな性格だったなんて。数秒前とまるで違うその態度に俺は号泣した。
「ぐわーん。ううっむうっえぐ」
「うるせえな。黙れ。てめえみたいなブタ野郎はさっさとご家庭に届けられちまえよ。なんだ、ポークなのに心はチキンか、ああ? 家畜のくせに図に乗るんじゃないよ」
「すいませんでした」是抄が頭をゆかにごづんとぶつけてそう言った。「確かに僕はブタ畜生です。どうしようない悪臭製造器です」
 なんと。いつもならバーサーカーとなるはずの是抄がその巨体をうち伏しているではないか。これは面白い展開になってきたぞ。俺は被害者から加害者へと立場を変え、弱体化した是抄を見てほくそ笑む。
「てめえか。てめえがブタか」佳子ちゃんは愉悦の表情を浮かべている。
「はい。私はブタです。ブタです」
「なら姿勢が違うんじゃねえのか、なあ」
「というと?」
「直立二足歩行なんてしてないで、四つ足で跪けって言ってるんだよ。ほら!」
「ああっ」
 佳子ちゃんはそう言うと、いつの間に履いたのだろうか、深紅のハイヒールで是抄の足を薙いだ。
「いてててて」是抄は昏倒した。「ああ、痛い、痛い……いい」
 なんと。こいつ、図体はでかい癖してなかなかのマゾヒストではないか。こいつはいよいよ愉快である。俺は腹を抱えて笑った。
「やんややんや、やんややんや」
 他のものもここを先途とばかりに祭囃子を奏で始める。木村はそのキノコ然とした頭の中からクラッカーと尺八を取りだし、皆に配っている。
「あ、北の山ぁーの、神さんはっ。あ、若いおなごがーあ、好きなもんよいよい!」もちろん即興である。
「あっはっはっは」佳子ちゃんが哄笑する。「そうだ。這いつくばれよプラナリア」
「ははあー。佳子様。もっと。もっとなじってください」
 おええ、気持ち悪いな。インド象のような男がSMごっこで楽しんでいる姿など、よく考えてみれば醜悪なだけではないか。俺は酔いの醒めた思いでそっぽを向いた。
「あのう。僕、そろそろ帰っていいですかね」
 俺は最初、その声を無視した。というよりも、それが俺に対して発せられた言葉だと気付かなかったのである。それほどまでにその声は力ない様子だった。
「あのう。すいません。無視しないでください」
「うるさいな」俺は怒鳴った。「今いいところなんだ。あっちへ行ってろ、脇役めが」
 俺は声の主が山田某だか田中某だかという他二名の脇役だろうと思いこんでいたのだ。しかし声の主は卑屈な調子でくいさがった。
「いや、僕は、その……」何やらごにょごにょと呟いている。「あなた方が呼んだから、こうして」
「はあ?」と溝渕。おまえいつの間にこっちに来たんだよ。「誰だよ君。呼んでなんかないよ」
「え」
 俺は動揺した。脇役共はそれぞれ面識があるはずだし、俺だってさっき顔合わせをしている。いかに影が薄いといっても、まさか顔を忘れるわけがあるまい。
「溝渕君」
「何?」
「これは誰なの」唇が震えていた。
「知らないよ」溝渕は本当に知らないようである。「渡辺君か木村君が呼んだんじゃないの?」
「呼んでないよ」と木村。俺もこんな奴は知らない。
「君、名前は?」と溝渕が言った。溝渕は最近の若者特有の軽薄さと、いつ爆発するとも解らない危うげな怒りとを持っているようだった。つまりは切れやすい奴なのである。「ていうか、なんでここに来たの」
「だから、それはあなた方が……」
「ああ? 呼んでねえって言ってるだろうが!」フリークアウト。まったく、近頃の若い奴はこれだから嫌なんだ。
「ひいっ。すいませんすいません」声の主はひどく怯えているようだ。「名前はありません」
「はあ?」
 皆一様に眉根を寄せた。何を言っているのだ。気が触れているのだろうか、と俺は思った。
「てめえ、ふざけんな」
「おい、何してるんだ」
 そう言ってこちらにずかずかと歩み寄ってきたのは佳子ちゃんである。佳子ちゃんは是抄をいじめるのにも飽きたようで、上気した艶っぽい頬を見せながら詰問した。
「さっきからべらべらべらべらと、誰と話してるんだよ」
「ああ、いや、こいつがですね」溝渕が先程とはうってかわって、悪賢い地方の小役人のような口調で言う。「呼んでもないのに呼ばれたと言ってきかないんですよ」
「どいつ?」佳子ちゃんは焦点の定まらぬ目であらぬ方向を見る。「いないじゃねえかよ」
 ああ、これはひどい酒乱だな、と思いながら、俺はそちらを指差して言う。
「こいつですよ、こいつ」
「だからいねえだろうが、ああ?」佳子ちゃんは俺の頬を思い切りひっ叩いた。
「すいませんすいません」俺は痛さのあまり目の前に星を見た。「でででもでもそこに」
「あのお」
「ほらね、いるじゃないですか」俺は安堵して、同意を求めるように佳子ちゃんの方を向いた。
「僕、幽霊なんですけど」
 沈黙が訪れた。
「えーっと」溝渕が言う。「興ざめです」
 しかし俺は反応しない。なぜなら俺は知っているからだ。木村が少し前に行ったあの馬鹿げた所業を。まさかあんなもので本当に幽霊が来てしまうとは。にわかには信じられず、俺はかぶりを振り続けた。
「うそうそうそうそだ」
「……ひひっ」と気味の悪い声を上げたのは木村。「ひょっひょひょ」
「なあ、木村」
「パンタ・レイ!」
 木村はそう叫ぶと、幽霊の下へと駆け寄った。幽霊は至極申し訳なさそうな表情をしており、突然奇怪な振る舞いを見せた木村に明らかに引いていた。木村はしきりに頷きながら「オウ、ジーザス……」などと呟いている。
「ヘイヘイヘイ、なんてことだマザファッカー。オゥサム! ジーザスクライスト! マイブライテストマインドイズライト。最高の気分だぜコックサッカー! ガッデムシット。やっとお目にかかれたなサノバビッチ。ヘイオウガユーアスホール、サックマイディックアンドファッキンアスアップ!」
「日本語でお願いします」と幽霊。
「いやいやいや!」つっこむべきなのはそこじゃないだろう。「もっと色々な点が明らかにおかしいだろうが!」
 幽霊は俺のもっともな指摘を軽やかに無視して、うんうんと頷きながら言う。
「オウガユアスホル。王が、湯、明日掘る。つまり、私が死んだ昔とは違って、日本は今や王権政治となっており、更に国王自らが油田の開発を行わなければならないくらいに貧しいというわけですね、わかります」
「違うわ!」なぜ俺がつっこみなのだ。俺だってぼけたいのである。「佳子ちゃん、なんとかしてよ」
 だが佳子ちゃんは俺の願いを聞き入れなかった。そればかりか本堂の中心で頭を抱えて蹲っているではないか。
「どうしたの、佳子ちゃん。具合悪いの」
「無理無理無理無理」
「え?」
「か弱い乙女に恐怖は禁物だろうが」
「はあ」意味が解らない。「もしかして、怖いの」
 佳子ちゃんはにわかに跳ね起き、きっと歯を食いしばって俺の内蔵に鋭くブロー。だが俺はそれをすんでのところでかわす。ひねった頭の横から追撃が来ているのを俺は認める。いいハイキックだ。
「だがな」俺は高くかかげられた足のくるぶしを両手で掴むとそのまま全体重でもって前方に投げる。「甘いんだよ!」
「ちいっ」
 佳子ちゃんは空中で俺の肩に手を置き、そのまま上へ跳ねる。身軽な奴だ。
「マーシャルアーツの達人というわけか」
「なかなかやるな、渡辺」
「おまえもな」俺はにっと笑って、落下点から素早く移動する。佳子ちゃんは一瞬遅れて本堂に踵を突き刺す。がぎば、という音がして床に亀裂が走る。
「ねえーん」今やすっかりマゾヒストと化した是抄が、気色悪い猫撫で声で言う。「止めてよーん、もう」
「うるせえ」俺と佳子ちゃんは同時に是抄をはっ倒す。
「ぷぎゃ」是抄は鼻血を垂らしながら昏倒した。「ああ。いいっ!」
「ふん」俺は首をふる。「無様だな」
「まったくだ」佳子ちゃんも頷く。
「儂はのう、そんなことより佳子ちゃんの好きなおのこのタイプが知りたいのう」と住職。「ちなみに儂は」
「ぐあっ」佳子ちゃんの放った念動派に突き飛ばされ、俺は住職もろとも本堂の壁にぶち当たった。「腰が。腰があ」
「驚いたな。徒手空拳だけじゃなかったのか」
「まあね。自然発火レベルまでなら楽勝よ。でも」佳子ちゃんは悲しげに笑った。「幽霊だけは駄目なの」
 俺は拳を解いて佳子ちゃんに訊いた。
「なぜ、って訊いても?」
「構わないわ。どうせもう、何もかも終わったことだもの」
 佳子ちゃんは天井を仰ぎながら話し始めた。
「あれは、二年前のことだったわ。私は当時付き合っていた幽霊の彼がいたの。彼は自分は透明人間だって言い張っていたけれど、私本当は知ってた。だって彼、デートするのはいつも墓穴の中ばっかりで、一度も陽の光の下に出ようとしなかったんだもの。それでも、私は彼を愛していた。
 ねえ、理解できないかもしれないけれど、私は本当に彼のことが好きだったのよ。身が引き縮れそうな思いもたくさんした。でも、それでも私は彼のことが大好きだった。
 だけど、彼は突然消えてしまった。二年前のあの日。いつものように墓穴の中へ入っていくと、そこには彼の姿はなかった。荒らされた形跡もなかったわ。でも私は直感的に悟ったの。ああ、もう彼とはお別れするんだな、って。
 それから今までは、特に語るべきこともないわね。普通の大学生として、普通に大学生活を送っていただけ。何の面白味もない、乾燥した毎日だったわ。でも、心の中では、いつも彼のことを思っていた。
 この百物語に参加したのだって、もしかしたら彼に会えるかもしれない、なんて、根拠もない思いこみがあったからなの。結局会えず終いだったけどね。あーあ、ほんと駄目だな、私。もう二年も経ったんだ。前に進まなくちゃね。
 聞いてくれてありがとう。何だかすっきりした。もう私は大丈夫。きっと、大丈夫」
「佳子ちゃん……」
 俺はかけるべき言葉も見つけられず、黙っていた。やるせなさで唇を噛み締める。何が大丈夫だ。本当に大丈夫なら、どうしてそんな悲しそうに笑うんだ。俺はゆっくりとかぶりをふった。木村と付き合っていたというのはやはり幻覚だったのだ、と俺は悟ったが、そんなことはもはやどうでもよかった。
「佳子」
 不意に、澄んだ力強い声がした。俺たちが驚いて振り向くと、その声を発したのはあの幽霊だった。
「佳子」
 もう一度幽霊は言った。はっきりとその名を口にしたのだ。
「まさか、あんたは――」
「ごめんな、独りにしちまって」
 だが佳子ちゃんにはその声は届いていないようだった。残念ながら、佳子ちゃんには幽霊を見ることはできないようだった。
「佳子ちゃん」と俺は言った。「いるよ」
「え?」
「その彼、ここにいるんだ」
 まだ意味が解らないといった面持ちの佳子ちゃんに頷き、俺はゆっくりと幽霊の方を向く。幽霊は少しだけ笑った。
「どこ? どこにいるの、ねえ」
「そこに、いるんだよ」
「だって見えないよ」佳子ちゃんは今にも泣き出しそうだ。「見えないよ、全然」
 俺は思わず目を背けた。他の皆も同じようにした。皆一様に悔しさに唇を噛み締めていた。どうすればいいのだ。
「どうしようも、ないのか」俺はうなだれる。
 すると木村がやにわに立ち上がり、「おいおい、ここは寺だぜ」と言った。
「ねえ、住職さん」
「任せんしゃい」
 言うや否や、いつの間にか袈裟に着替えた住職は幽霊に向かって手招きをした。幽霊がぼんやりとした表情でそちらへ近付くと、住職が手を握った。その途端、本堂内が目も覆わんばかりのまばゆい光に包まれた。
「ぐあっ」
 思わず顔を背けた俺は、しかしながら目を塞ぐ手の隙間から確かに見ていた。幽霊は住職の中にすうっと入り、その口を借りて佳子ちゃんに語りかけたのだ。更に驚くべきことに、住職の身体は光の中で揺らぎ、幽霊のかつてのものであろう姿へと変化した。
「ああ、祐二。祐二なのね」
「そうだよ」祐二と呼ばれた幽霊は微笑んだように見えた。「ちゃんとお別れ、しなきゃな」
「……うん」佳子ちゃんは今やぼろぼろと涙をこぼしている。
「泣くなって。俺たち、きっと来世でも会える。きっと」
「うん、うん」
「さよなら、佳子」
「祐二!」
 光がよりいっそう強くなる。目を開けていられなくなった俺は、その場に蹲った。目を閉じているにもかかわらず真っ白になった世界の中で、うるっときているのを悟られまいとして、俺は呟いた。
「なんだよ、名前、あるんじゃねえか」それから少し鼻をすすって、「幸せにな、ちくしょうめ」
 どこからか賛美歌が聞こえる。俺は目を瞑ったまま、唄の聞こえる方に顔を動かしてみる。すると、どういうわけか是抄と木村が楽器を携えてスタンバイしているのが目に入った。俺は目を開けた。あたりは真っ白のままだったが、もう眩しくはなかった。
「今、賛美歌が聞こえたよ」と俺は言った。「いよいよ、終わりだな」
「そうだな。ばしっときめてやろうぜ」
「さあ、早く準備しろよ、渡辺」
 是抄がそう言って、ドラムキットの後ろからギターを取り出し、俺に渡した。ギターは俺の愛用器で、五年前に購入したフェンダーのテレキャスターだった。テリーは去年の夏に俺が酔っぱらってたたき壊してしまったのだが、久々にあった彼は元気そうだった。
「やあ。久しぶりだな」
「ふん」テリーはそっぽを向いた。「一年も放っておきやがって」
「すまん」
 俺が謝ると、テリーは照れくさそうに弦を鳴らした。
「いいから、早くかけろよ。俺はおまえに弾かれるためにここにいるんだぜ」
「ああ、そうするよ。ありがとう」俺はくすりと笑った。
 テリーを肩にかけると、懐かしい重みを感じた。俺は手早くチューニングを済ませ、手癖となっている幾つかのフレーズを軽く弾き、後ろを振り返った。
「いつでもいけるぜ」
「よし」木村はベースアンプのスイッチを入れた。それから笑って、「曲は勿論、あれだよな」
「当たり前よ」是抄も笑った。「それじゃ、いくぞっ」
 ハイハットで四つカウントが刻まれると、俺はテリーの放つ乾いた歪みに乗せて歌い始めた。
 最高のフィナーレが、もうすぐそこまで来ている。
  1. 2009/01/13(火) 18:34:50|
  2. 小説
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

リイン・カーネション

 碧い水底に、半透明の肌をした影がゆらゆらと漂っている。眼のない数匹の深海魚が、額から突き出た角の先をぼんやり光らせ、砂煙を巻き上げながら泳ぎ去っていった。
 幅の狭い階段と様々な絵の描かれた扉がそこかしこ佇んでおり、そのうち同じ形のものは一つとしてなかった。
 一家の団欒を窓の外から恨めしそうに睨んでいる少年の絵、哄笑する黒髪の女に噛み付かれている男の絵、荒野の果てで双頭の蛇と戯れる妙齢の女性の絵。更には人だけでなく、廃れたビルの屋上で見つめ合う二羽の青い鳥や、雲一つない満月を見つめるマグネタイトなどが描かれているものもあった。そのような扉が、砂塵にかすんで見えないほど遠くまで無数に存在していた。影は身体から力をほとんど抜いた状態のまま、どこへ行くでもなく闇の中へと進んでいく。
 しばらく進むと、闇の中にぽっかりと広い空間が現れた。その空間には、過去の栄華の残滓をまとった都市の遺跡があった。巨大な黒い塊は、ものも言わずにただじっと横たわっている。その中から幼い子供が自分を呼ぶ声が聞こえてくるような気がして、影は無性にその中へ入っていきたくなったが、どういうわけか後一歩というところで身体が動かなくなってしまうのだった。
「おい」
 低くくぐもった声に影が辺りを見回すと、遺跡に空いた穴の中から、斜視の深海魚が一匹、自分の方を向いていた。深海魚は左右の眼をそれぞれ違う方向へ回転させながら、ほとんど退化した口をわずかに開いてもぞもぞと喋った。
「ここで終わっても、いいんだぜ」
「そうだね」
 影から発せられる言葉は緩慢な速度で水中を進み、深海魚の身体に触れる。思念の振動を咀嚼すると、深海魚は気持ちよさそうな表情をわざとらしく顔に貼り付けた。
「あんたはここに入れないだろう?」と深海魚が訊いた。
「どうもそうらしい」影は反響した。「残念だけどね」
「あっは!」
 深海魚の口から数粒の気泡が漏れ、くるくると回転しながら沈んでいった。海底にくっつくと、泡は小さな音を立てて弾け、中から無数の微生物が姿を現した。微生物たちは互いに囁きあい、時折声を上げて笑った。いくつかの場所に同じ現象が起きて、終いには海底が半透明の膜に覆われたかのような色彩を帯び始めた。微生物たちは彼らの言語で唄を歌っているようだった。西洋音楽の理論からはまるで外れた、不協和音の心地よい唄だった。
深海魚は諭すように言う。
「これが本当のゴスペル、ね」
「反吐の花が咲く」
影は最大級の賛辞を贈った。事実、影の頭のてっぺんには、花びらの一枚もない美しい花が咲き誇っていた。花は唄にあわせて枯れたり萎んだりしている。
「さて、そろそろ僕は行くよ」
「そうかい。来世でな」
 深海魚はそう呟くと遺跡の中へと消えていった。影は再び揺れながら移動を開始した。
 しばらく行った後、影は一つの扉の前に辿り着いた。扉には夜の塔から外を眺めるうら若い少女が描かれている。少女の目に感情はなく、あくまで彫刻の人間であるばかりだった。
「初めまして」と影は言った。
「これでいいのかい?」
 どこからか深海魚の声がした。深海魚は今やただの死に損ないではなく、世界を統べる巨大な存在となっていた。
 大いなる意思は言う。
「扉をくぐればゲームの始まりさ。そしてそれは同時に終わりも意味する」
「そうだね」
「自分で選んだ命だ。途中でゲームオーバーにならないように、せいぜい這い蹲って生き延びろよ」
「そうするよ」影は頷いた。「じゃあ、またここに来る日まで」
 あっは!
 大いなる意思のはじけるような笑いで扉が開く。扉の先には闇が広がっていた。どこまでも果てしなく広がっているように思われるそれは、しかしながら、実はまったく存在していないのかもしれなかった。
 扉をくぐる寸前、影は動きを止めた。それから大きい泡を一つ吐き出して、それをじっと見つめた。泡の中には影の全てが入っていた。それを吐き出した今、影はまっさらな状態の魂であった。誰のものでもない、純然たる魂。
「さよなら」
 透明な影は呟く。闇の中にずぶりと身体を押し込む。背後で扉の閉まる音がする。どこからか厳かな賛美歌が聞こえてくる。
 そして全てが虚無になった。
  1. 2008/12/27(土) 17:39:37|
  2. 小説
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

白い日傘と雨粒と

「ふう、ひどい雨ですねえ」
 不意に語りかけてきた声に、僕は驚きつつも頷きます。
「そうですね」
 誰かと話すなんて何年ぶりだろう。嬉々として言ったその言葉は声の主に届かなかったのか、彼は僕の答えを無視しました。僕は構わないふりをして、彼に語りかけます。
「どうして、僕たちはここにいるのでしょうか」
 目の前の彼は少し考えて、困ったような口調で、
「どうしてでしょうね」
 とだけ言いました。
 真っ白の肌を真っ黒の服でつつんだ彼は、それきり黙ってしまいました。
 それを境に、僕の耳には雨の音しか入ってこなくなりました。ざあざあと、傘を差していない僕の体を容赦なく叩く雨。目の前にいる彼も、何も言わないけれど、きっと冷たい思いをしているのでしょう。
 でも、これはこれで、結構心地良いのかもしれません。
 もうずっと前、僕には一人の親しい女性がいました。いつも白い日傘を差していた彼女はとても優しくて、毎日僕に会いに来てくれました。
 晴れの日はそれにも勝る笑顔を、雨の日にはそっと支えるような腕を差し伸べてくれました。
 その頃、空はどこまでも青く澄んで、空気は淀むことなく流れていました。何人もが僕のところに訪れて、帰って行く。そんなゆるやかな毎日が長く続けばいいと、そう思っていました。
 ところがある時、突然空が赤く染まりました。それは夕暮れではなく燃えさかる炎でした。僕らがいたこの場所も、みるみる火に包まれていきました。
 それまで平和そうに暮らしていた人々は悲鳴をあげ、我先にと逃げ出しました。僕は身動きができずに、ただそこにうずくまっていました。
 そうして皆がここから去って、僕は一人きりになりました。そのときまでは気が付きませんでしたが、話す相手が誰もいないということは、なかなかに辛いものです。独り言が多くなりましたが、やがてそれもなくなりました。
 誰とも話さない日が長く続き、僕自身も話し方を忘れそうになっていました。たまらなく悲しくなる日は、あの白い日傘を差した彼女のことを思い出しました。そのことを考えていると、不思議と心が落ち着いていきました。
 ある日、いつものように一人で彼女のことを考えていた時、僕の目がなにか動くものを捉えました。
 それはゆっくりと僕に近づいてきました。白い日傘を差して、その顔にはしわが深く刻み込まれていました。
 僕は驚きました。もう遠い昔にあったきりの、でもずっと考え続けていたあの彼女が今、再び会いに来てくれたのです。
 僕は涙しました。誰かが僕に会いに来てくれた。それが、ただただ嬉しくて。
 その途端、それまで雲一つなく晴れやかだった空から、ぽつり、ぽつりと小さな水滴が落ちてきました。
 それはどんどん勢いを増し、目の前の彼女を容赦なく濡らしていきます。
 彼女はあらあら、と言ってから、
「狐の嫁入りかしら」
 と小さく笑い、日傘を強く握りました。
 僕は彼女に悪いと思いながらも、涙を流し続けました。止めどなく流れるそれは、僕の足下に落ちて、大きな水たまりを作りました。
 僕が泣きやむと、やはり空も泣くのを止めて、また僕たちを暖かく照らし出しました。彼女はもう一度微笑んで、
「また、逢いましょう」
 そう言うと、くるりと振り向いて歩き出して行きました。僕はその背中を黙って見つめながら、またね、と小さく呟きました。

 あれから、もうどれくらい経ったでしょうか。
 彼女が僕に会いに来てからすぐに、再び空が炎に染まりました。でも、今度は逃げまどう人はいませんでした。僕がいる場所の周辺にはもう、誰も住んでいなかったのです。
 周りの木々が燃え、虫たちが死んでも、僕はここに居続けました。
 彼女は今、何をしているのだろう。もう一度、会いに来てくれるだろうか。そんなことを考えて、いえ、それだけを考えて、僕は待ち続けました。
 カラスが僕をつついても待ち続けました。
 雪に埋もれても待ち続けました。
 傷ができても待ち続けました。
 でも本当は、もう分かっているのです。あの日、白い日傘を差して笑っていた彼女は、もういないのですね。僕の体は、いつのまにか苔むしたただの石になっていたのですね。
 太陽が温かく照らす日曜の午後、お供え物のおむすびを見つめながら、草一本ない荒れ果てた地で、かつてお地蔵さんと呼ばれた僕は、静かにそう思いました。
  1. 2008/12/27(土) 17:39:03|
  2. 小説
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

 絵師達が空を空五倍子色に塗り始めた頃、有機的な街角で、三日月が星を売っていた。真っ赤な口紅を塗った、典型的な下弦の月だった。
「さあさあ、安いよ! 惑星を手中にできる機会は滅多にないんだから」
「幾らだい?」と僕は訊いた。今日は上等な人面犬を二匹捕まえたから、懐が潤っているのだ。
「普段ならランチュウ十匹はするけどね、今晩は大負けに負けて、なんと出目金三十匹でご奉仕!」
 それは安いなあ。そう思って僕は財布の中を覗く。
「ええと、ちょっと待って」なんとかありそうだ。足りるかな、と言いながら、三日月に渡した。
「まいど! じゃあこれ、ごちそうさま!」
「ごちそうさま」
 僕は三日月に会釈して、帰途に着いた。道中、どうにも暗くて仕方がないので、早速取り出してみた。
 その小型の惑星は灰色の鈍い光を放ち、酸性雨がひっきりなしに降っているようだった。これでは行灯の代わりにもならない。僕は小さく溜め息を吐いて、惑星を一気にぱくり!
 たぶん、僕が買ったのは地球だと思うのだけれど、みんなはどう思う?
  1. 2008/12/27(土) 17:37:59|
  2. 小説
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
次のページ

プロフィール

Author:saito

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

By FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QRコード